2006年11月

なぜか四連休 後半

朝6時30分、ぐっすり眠ったえみぃは気持ちよく目覚めた。
オットはほとんど眠れなかったらしく、既に起きていた。「サイドブレーキ、ちゃんと踏んだかな(ステップは踏み込み式なのだ)」って気になったり、車が来るたびに音が気になって眠れないらしい。おデリケートなのよね。

SAで朝食をいただいてから出発。25日の旅程は、前半が史跡めぐりで後半は海の幸。

常磐自動車道を北に向かい、いわきJCで磐越自動車道に入り、船引三春ICで降り、そこからは下道で二本松市にある、小浜城に向かった。
CSで再放送してた「独眼竜政宗」を見まくっていたえみぃ達、本当は仙台に行って政宗の史跡をめぐりたかった。でも、仙台は1泊旅行では遠すぎた。そこで、福島の史跡をめぐることにしたのだ。

山の中にあるのに小浜?という名前は不思議な感じだけど、城を建立した大内氏の旧領が若狭国小浜で、そこと似てたから「小浜」と名づけられたという節があるらしい。

大内氏は最初石橋氏の家臣だったけど、主人が亡くなったときに子供を追い出して領地をのっとり、近くにある小手森城も手に入れちゃったちゃかり者。独眼竜ではえみぃの好きな寺田農さんが、ちゃっかり&ずるがしこい感じをしっかり演じてらっしゃって素敵ハート。でも、伊達政宗が天下の副将軍まで上りつめたのは大内定綱のおかげという話があるほど、かしこい人だったらしい。

その後は蘆名氏や佐竹氏に従属。伊達政宗が18歳で家督相続をしたとき、当時の城主であった大内定綱が政宗に従属の意を表すもこれを裏切り、政宗の逆鱗に触れて攻められる。攻められたお城は支城である小手森城、政宗は3日で小手森城を落とし、城内に残った八百有余人を惨殺。近隣の諸将を震え上がらせたという。大内定綱もビビって小浜城に火をつけて二本松城に逃げたという、そんなお城なのだ。

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それ以外にも歴史的エピソードがいっぱいあるお城なんだけど、今は石垣を残すのみ。石垣の前に説明の看板が1枚あるだけで、これもたぶん、独眼竜政宗が放映された頃にあわてて作られたんじゃないか?って感じで、ちょっと寂しい城だった。
でも、あの人やこの人がここに居たかも?と思うと、なんとなくうれしくなるえみぃ達なのだ。

次は畠山氏の居城で、戊辰戦争のときに悲劇の城となり、今は菊祭りで有名な二本松城へ。
その菊祭りは23日で終了!残念。

奥州探題畠山国氏が居住したのが始まりで、畠山氏140年間の居城だった。
畠山義継のときに、政宗が攻めて攻めて攻めまくってやっとこさ落城(この間に父輝宗を亡くすのよね)。伊達成実(政宗のいとこ)が入城する。その後、豊臣秀吉の奥州仕置によって蒲生氏郷領となり、そのときに大きく拡張されたらしい。その後も会津領として、上杉・蒲生・加藤氏の仙道方面(福島県中通り)に対する備えの重要な城として、幕末まで栄えた。戊辰戦争のときには、二本松少年隊という白虎隊より年少の子供たちの隊が組織され、全員が亡くなり、お城も灰になってしまったという、悲しいお城でもあるのだ。東北の歴史に興味ない人はふーんって感じ?

でも、赤字のところはちと重要なんで詳しく書くと、畠山義継は大内定綱に組して伊達と敵対していたんだけど、政宗の攻撃で定綱が逃げちゃったため、伊達政宗の父輝宗に和睦を申し出た。しかーし、和睦の条件があまりにも厳しく(子供を人質に出した上、領地のほとんどを没収)て承服しかねた義継、和睦のお礼参りと見せかけて輝宗を人質に取り、政宗に揺さぶりをかけ、援軍の到着を待って情勢を変えようとしたちょっぴりずるい人なのだ。でも援軍は来ず、政宗によって滅ぼされるのだ。当然輝宗も死んじゃって、政宗としてはオーマイガって感じ?
輝宗の弔い合戦じゃ!って意気込んで二本松城を攻めた政宗だけど、堅固な城でなかなか落とせなくて、苦労するのよね。結局は落とすんだけど。

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小浜城とは違い、入り口から立派なたたずまい。
首のない一豊と千代に出迎えられて場内へ入ると、場内は菊祭りの後片付けの人でいっぱい。ベニヤや材木をバッタンバッタン外している脇を抜けて、本丸へと向かった。
菊祭り付近を抜けると、きれいに紅葉したモミジやイチョウが並んだ庭園が広がっていた。三脚にカメラをセットして、芸術写真をねらってるおじさんおばさんがいっぱい居た。えみぃもっ!と思ったけど、ここいいなぁと思うところは人がいるわけで、新参者には良い場所は取れないわけで、、、。

二本松城は山一つの大きさがあって、本丸までは急坂&遠い。ぐだぐだ言いながらもたどり着いたら、すごくいい景色だった。でもほんと、堅固な城で攻めあぐねたわ。

名残を惜しみながら次にむかったのは、畠山義継と伊達輝宗生害(死んだところっていう意味ね)の地「粟ノ巣古戦場跡」へ。

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なんか「○○家墓地」みたいな雰囲気。近くには新幹線も通っちゃってるし、なんだかなぁ(by阿藤快)。
近くに住む人の口伝えで「ここらしい」という話はずっとあったみたいだけど、何もなかったんだってー。昭和に入ってから畠山氏とともにここで亡くなった家臣の末裔の人が個人で作ったらしい。今は「守る会」があって、清掃なんかをしてるみたい。
戦国時代と言えど、2人の領主が一緒に亡くなるっていうのは極まれらしいし、政宗が領主として始めての試練の場と言っても良い場所だし、大事にしなくちゃいけない場所よね。

本当は、政宗と輝宗と義継ごっこがしたかったの。
人質となり、義継にはがいじめにされた輝宗(北大路欣也)が政宗(渡辺謙)に向かって「人質に取られるは末代までの恥辱、(自分もろとも)撃てーーーー!」って言ったシーンの再現。やりたかったわぁ。
けど、2人じゃできないのであきらめて次の史跡へ。

次は、「奥州の桶狭間」と言われ、政宗が生きるか死ぬかの大戦をした場所、人取橋古戦場へ。

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輝宗の死後、二本松城を攻めあぐねて一旦退却した政宗に対し、佐竹・蘆名を中心とした「反伊達連合」が結成された。およそ3万の進軍を知った政宗は、8千の軍勢を率いて出陣。会津海道と奥羽海道の交わる要衝の地で、政宗自身が後に「マジでヤベェと思った。チョー肝冷えた」と言った「人取橋の戦い」が始まったのだ。
激しい戦闘の中、伊達成実の奮闘で伊達軍が優勢になるも、連合軍に押し返され、日没時に政宗は死を覚悟したらしい。
ところが、佐竹氏の領内に留守を狙った近隣諸国の軍が攻め入ったという報が入り、翌日、連合軍が引き上げてしまって、政宗は九死に一生を得ることに。さらにこの戦いで連合軍に屈しなかった政宗は、負け戦と言っても過言ではない結果だったけど、名を上げたのだ。ひゃっほー。

この戦いで人が多く討ち取られたことから人取橋の名がつけられ、今では政宗の家臣の名前を冠した「もにわばし」になってる。
この戦いで命を落としかけた政宗を、鬼庭(おにわ)良直という家臣が命がけで助けた。後に良直の息子が秀吉に「鬼が庭にいるなんて不吉ー。茂庭(もにわ)って言う名前を与えるから、使ってちょ」と言われたことから茂庭氏となって、そういう訳で橋には「もにわばし」になったのだ。
○○橋→人取橋→茂庭橋と2回も名前が変わった橋。そして、歴史的に重要な橋。だけどちっこい普通の橋。さみしー。

というわけで、えみぃとオットの気が済んでお腹が減ったので、海の幸を目指して小名浜へGO!船引三春ICから磐越自動車道でいわき市へ。1時間半ほどで着いた。

いわき・ら・ら・ミュウという施設内の、回転寿司おのざきでお昼。また回転寿司かっ!
単なる回転寿司と思ってもらっちゃ困りますー。ここは鮮魚専門店直営なんです。だからチョー新鮮なんですっ。そーなんです。
前日のところはネタのでっかさに驚いたけど、ここは種類の多さにビックリ!
オットは、オコゼだのアイナメだのめずらしい白身やヒラマサだの関アジだの高級なヒカリモノをガンガン食べて「あれ、今食べたのなんだっけ?」という有様。
えみぃは活ホッキ貝だのミル貝だの赤貝だの、大好きな貝をほおばってご満悦。一番おいしかったのは牡蠣酢。生牡蠣にポン酢ともみじおろしがかかってるの。んもーちょーーーーおいしかった。
あまりのおいしさに、前日に引き続きありえない枚数を食べてしまった。

満腹&満足で、市場を散歩。
いわきは「メヒカリ」っていう深海魚がいっぱいとれるらしく、メヒカリの丸干しってのがあちこちで売られてる。あとはサンマとかアンコウとかサケとかマグロとかたくさんの魚介類が並んでた。そんな中、えみぃの目に留まったのは牡蠣!
手のひらサイズのおっきな牡蠣を割ってるおにいさんがいる。そしてその牡蠣をお客さんに手渡してる!ナナナント試食?!芸能人でもないのにーと思ってよく見たら、1個300円と書いてある。
ってことは、300円出せば、えみぃも貝殻のついた牡蠣を食べられるってことー?夢だったのよねーこういうの。うるうるした目でオットを見ると、最初は「えぇ(めんどくせ)?」って感じだったけど、「オレも食べる」と言う。

おにいさんに600円を渡すと、見事な手つきであっという間にむいてくれた。あまりの早さで心の準備ができない&大きさにビビって、1個目をオットに譲った。
早速口にしたオットが「ショッパっ」と言ったのを見ていたおじさんが「しょっぱいの?」「レモン絞ればおいしいのに」と絡んできた。おじさんへの対応に難儀しているオットをほったらかして、えみぃの目は牡蠣にクギズケ。

おにいさん「はい、どうぞ」

と、手渡された牡蠣はこちら。

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あれ、さっきのより小さいみたい。。。でも、今まで見たこともない大きさだ。さぁいただきましょうと思ったけど、どこから飲んでいいかわからない。おまけにオットに絡んでいたおじさんも「今度はどんなリアクションだ」とばかりにえみぃを凝視。食べにくいーーー。
おじさんにちょっぴり背を向けて、ふくらんでるところをつまんで口に入れ、つるっと飲んだ。

えみぃ「・・・・・・ラブ

美味しすぎて、言葉が出なかった。
ぜんぜんしょっぱくなかったよ。もう1個食べたかったけど、さすがにお腹がパンパンだったんで、あきらめた。

それから、おみやげを買って、帰路についた。3時過ぎに小名浜を出て、宇都宮から佐野まで東北自動車道を通って、「モスバーガーが食べたい」という理由でずっと下道で帰った。家に着いたのは10時30分。
走行距離は2日で1,050キロ。あほやー。

翌日はさすがに疲れてて、1日ゴロゴロ。そうして、えみぃとオットの四連休は終わったのだった。

せっかくの四連休、ちゃんと計画してもっとゆっくり旅行したかったなぁって気もしたけど、おいしいものをいっぱい食べて、マイブームの政宗の歴史にも触れられたし、まぁいっかと思う、今日この頃なのだ。

なぜか四連休 前半

何気なくお客さんのカレンダーを見ていたら、ナナナんと!23日から26日までお休みだってことに気づき、ドウヤもお休みしちゃえーってことで、四連休が降って湧いた。

田んぼ用の堆肥作ったり、畑のネギを抜いたり、沢庵漬けたり、やらなきゃいけないことはマウンテンだったけど、ヒサビサの長いお休み、どこかに行きたくてウズウズしてしまうえみぃ。オットに「(泊まりで)どっか行こー」と提案。

えみぃ「仙台で政宗の史跡を見てから松島で牡蠣を食べるとか、どう?」
オット「仙台かー、遠いなぁ。金沢はどうだ?」
えみぃ「カニがおいしそう!いいよー。(食べることばっかりだ)」

急なことだし、連休だからお宿はもういっぱいだろうから、ステップワゴンに布団を積んで出かけるってことにした。温泉にゆっくりつかりたい気もしたけど、車中泊もまたワクワクで楽しいのだ。

あっちもこっちもいいなぁと心躍らせるえみぃ。23日はいろいろ用事があったんで、オットに旅程検討をまかせて、出かけた。えみぃの希望は「おいしい海の幸が食べられること」。頼むよ。オット!

家に戻ると

オット「行く所決めたよ」
えみぃ「何処?」
オット「まずは銚子に行って海の幸を食べて、福島方面に行って史跡めぐりして、
    最後は小名浜で海の幸」

聞いてはみたものの、行き先についてはぼんやりとしかわからなかったけど、銚子って海の幸がおいしそうだし、お城にも行けそうだし、まあいっか。

ということで24日の朝7時、コンビにでおにぎりとコーヒーを買って、東に向かって出発!
上信越自動車道+北関東自動車道で伊勢崎まで行き、その後は下道をひたすら東南にむかって走り、道の駅めぐりをしたり(いきなりシクラメンの鉢植えを衝動買い)、筑波山が意外に大きくてびっくりしたり(でも、えみぃが住んでるところのほうが筑波山頂より高いのよね)、霞ヶ浦の広さに感動しながら進んだ。

この時点でお昼の12時を過ぎ。オットの計算では、2時ごろには銚子について海鮮どんぶりを食べる予定だったらしいが、銚子到着まではまだまだ時間がかかるとのこと。えみぃはお腹がすいて不機嫌になっていた。
仕方なく、「道の駅 玉造」でたこ焼きとポテトフライを食べてしのいだ。

地図を見ると、銚子はもうすぐそこって感じなのに、オットはまだ3時間ぐらいかかると言う。なんかおかしいなーと思いつつ、運転&ナビはオットにおまかせなので、お腹がいっぱいになったえみぃは助手席でウトウトしていた。

利根川を越えて千葉県香取市に入ったところで、オットの行動がおかしくなった。ずっと幹道を来たのに、市街地にぐんぐん入って行く。一通だらけでくねくねしてて、走りにくい道。オットは何かを探しているようだった。

えみぃ「何か探してる??」
オット「へっへっへっ」

見ると、佐原市街の地図を印刷して持っている。奪って見ると「伊能忠敬生家跡」とある。

えみぃ「伊能忠敬生家跡に行くの?」
オット「そうだよ」
えみぃ「で、誰でしたっけ?政宗と関係ある?徳川の家臣だっけ?」
オット「・・・・汗

伊能忠敬は地図を書いた人でしょっ、と後で気がついて、自分に突っ込みを入れたけど、そのときは本当に????って感じだった。
オットとしてはえみぃに内緒の「サプライズ企画」だったらしいけど、ぜんぜんびっくりしないえみぃにがっくり。
さらに、苦労してたどり着いたのに、伊能忠敬記念館が休館日でまたがっくり。祝日の翌日は休館なんですってよ!なんてこと、コチトラ四連休だってのに。
でもま、きれいな町並みが撮れたからよしとしましょ。

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気を取り直して銚子に向かった。
このあたりから、家の軒先にみかんの木があったり、街路樹が棕櫚(しゅろ)だったり、南国のにおいがプンプンしてきた。そして山がない!山に囲まれて生活しているえみぃ達にとっては、すごく新鮮な景色だ。

佐原から1時間程で銚子に到着。まずは犬吠崎に行った。

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ここは、本州で一番早く日の出が見られるところとして有名で、初日の出を見にたくさんの人が来るらしい。でも、今はシーズンオフなのか、とってもさびしい。
とりあえず、灯台に登った。

狭いらせん階段を99段上り、パイプのはしごを10段ぐらい上って、やっとこさ頂上に着いた!すごーい景色っていうより、怖い。

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大人になって高所恐怖症になってしまったえみぃ。手すりから手を離せないし、腰がひけてる(カッチョ悪)。数歩歩いたけど、それ以上は進めず、すぐに塔内へ。しかし、地獄はそれから。
下りの階段が恐ろしいこと。足がすくんでうまく歩けない。えみぃの前に足が悪いおばあさんが居てくれて助かったー。ゆっくり下りた。

九死に一生を得たえみぃ、急におなかが空いてきた。
おいしい海鮮どんぶりを食べに行こう!ってことで、港近くの「ウォッセ」という施設に向かった。

港に入ると、漁船が秋刀魚をおろしていた。漁船と平行に止めたトラックの荷台の上に、秋刀魚の入った網を異動して、ザザーっと移す。網とトラックの荷台の間に、ピチピチと光る秋刀魚が見える。キャー、食べたーい!

ウォッセに着くと、どんぶり屋さんを探した。テレビで紹介されたこともある、有名なお店らしい。あった!と思ったけど、営業していない様子。
がっかりだよっ!仕方がないので、オットがもう1件めぼしをつけた回転寿司屋さんに向かった。こういうこともあろうかと、必ず2件ずつ用意してるんだって。さすがっ!

目当ての回転寿司屋さんはすぐに見つかった。漁師さんがやってるお店なんだってー、すごい楽しみ。
車を止め、小走りで店へ向かうと、店の外に居た漁師風の人に「すみません、5時からなんです」と言われた。時刻は4時。がーん。まだ1時間もあるよ。

とほほ状態のえみぃを連れて、オットが向かった先は「地球が丸く見える丘展望館」。展望台からは、ぐるっと360度の大パノラマ。北は鹿島灘から筑波山、東と南は太平洋の大海原、西は屏風ケ浦から九十九里浜まで見渡せる。
ちょうど日が傾きかけたところで、すごーくキレイだった。

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太平洋側で、海に夕日が落ちるところを見られるなんて意外。

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サンセットショーを楽しんだ後は、いよいよお寿司!
回転寿司の島武へ。

カウンターに座ってすぐ、ねたがでっかくてびっくり!オットは「油ボウズ」というネタを早速食べた。

オット「すごい油!だけど旨い」

そして今度はすごいビッグな大トロがっ!普通の回転寿司屋さんの2倍、いや3倍はあるかっていう大きさだ。そしてものすごい霜降りで500円。
普段は高いお皿に手を出さないオットだが、迷わず手に取った。

オット「生まれて始めて食べる味だ(涙)」

えみぃも負けじと、つぶ貝、えび、うになどをいただいた(実はお魚の刺身は苦手)。とにかくどれもネタが大きくておいしかった。
夢中になっていたら、2人で18皿もガッツイテしまった。
帰り際、手のひらサイズのまぐろが流れて来た。大げさじゃなくて、ホントなの。しかも2カンで300円よ!信じられる?!
オットはすごーーーく食べたそうだったけど、お腹がパンパンで諦めた。
回転寿司で最高額を支払ったけど、大満足でお店を後にした。

その後は福島県へ向けて茨城県を縦断。途中、日立のスーパー銭湯で海を見ながらお風呂に入り、常磐自動車道の中郷SAで車中泊。
えみぃ達の旅はまだまだ続く。

冬支度その2 切干大根を作るのだ

今朝浅間山を見たら、雪で真っ白だった!いよいよ冬がやってきたなーって感じ。
でも、この辺はまだ雪降らないよ。遅いね。

先日収穫した大根に切れ目を入れて、切干大根を作ることにした。切干大根の煮物とか、酢の物とか、最近大好きなもんで。
ネットで検索したら、いろいろな干し方があったんだけど、少ないスペースでたくさん作れそうな方法を選択。

大根の脇に角材を置いて斜めに切れ目を入れ、ひっくり返してまた入れて、吊るして干すというもの。吊るすとジャバラみたいに広がって、いい感じで乾くらしい。

ってことで、オットと交代で切れ目を入れた。

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左がえみぃで右がオット。なんか、オットのほうが手つきがいいみたい(爆)
切り込みを入れる度に、ジュワって大根の汁が出てくる。すんごいジューシーな大根だわ。

切り終わって広げてみた。
ジャジャーン!

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ジャバラになってない。ぜんぜん開かないよー。
切り込みの入れ方が甘かったかな?

本当は、縦に吊るす予定だったんだけど、根元を持ったら途中で切れちゃった。

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ちぎれてない子も心配だったんで、こんな干し方でガマン。

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イモムシみたいだけど、こんなんで乾くのかな?
2週間後を、こうご期待!(今日は写真ばっかで短いわ)

冬支度その1 冬野菜を収穫したのだ

先週あたりから急に気温が下がって、浅間山麓にもとうとう冬がやって来ちゃった。
11月前半まですごく暖かくて、今年は冬が来ないんじゃないかーなんて思ったりしていたけど、そんなはずもなく。。。例年よりはずっと遅いけど、車のタイヤをスタッドレスに交換しようと思う今日この頃、みなさんもうスタッドレス履きました?

そんなわけで、朝突然リョウコから

「寒くなったから、大根抜くけど、来る?」

という電話が来た。毎年、秋に大根やかぶや白菜の種を撒いて、冬に収穫するんだけど、えみぃ達は週末しか畑に行かれないため、最後はリョウコが1人で全部収穫していた。
だけど今年は「えみぃも採りたい」と言ってあったのと、例年になく良い出来だったためか、連絡が来た。

いからいでかっ!ってことで、お仕事を終わらせて、オットと畑に向かった。

畑に行くと、既に2/3の大根やかぶは引っこ抜かれ、葉っぱと身をちょんぎられていた。

リョウコ「これはぜんぶ、おいだち(あんた達)の分だから。
     残してあるのは、順々に食べればいいし」

実家の分は、既にリョウコの車に積まれていた。

えみぃ「大根はたくあん用に葉っぱつけて干そうと思っていたのにー怒り

リョウコ「じゃぁ、細いやつを抜けばいいでぇ」

と言うと、残してあった大根から、細めのものを見繕って抜いた。
でも、ほとんど抜いちゃってたから、葉っぱ付きは9本しかゲットできなかった。
葉っぱをしばってずらーっと並べて干したかったのにぃ、残念。

うっかり写真を撮り忘れたけど、大根25本(葉っぱつき9本含む)、おろし大根(緑色したやつ)10本、聖護院かぶら10個、赤かぶ10個、白菜10玉の大収穫!!
ちっこいジェロミに無理やり野菜を載せて、家に戻った。

もう夕方だったけど、大根を洗わなきゃ!
漬物樽に水を溜めて、たわしでゴシゴシ洗った。

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日がかなり傾いてきて、寒いよー、冷たいよーと言いながらの作業。
30分ぐらいで全部終わった。

大根と白菜はベランダで干す予定だけど、まだ濡れているし、いっぱいあるし、家の中の階段を上るのはちょっとやだなぁってことで、

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頑張れ!オット!!

オット「大根5本はきついから、4本にしてくれっ」
   「階段上ったほうが早いんじゃねーか」

と泣きごとを言いながらも、4本、また4本と大根を吊り上げていく。
下で見てると、すごく良いエクササイズになってるじゃん、って感じ。

めでたく全部ベランダに上げて、定位置に格納。

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白菜はすぐ食べられるけど、1週間ぐらい乾かすと甘みが増しておいしいのだ!乾かし終わったら、新聞紙で包んで日陰で保管する。

大根は2週間ぐらい干してから、たくあんにする予定。だけど25本ものたくあんを食べきれるかわからないので、切干大根にもチャレンジするのだ。

そして、聖護院かぶらは千枚漬けに、赤かぶは温海漬けにする予定。
冬支度はまだまだ続くのだ!

循環が大事 神虫、神菌の話

神草同様、畑になくてはならないものに、神虫さん、神菌さんが居る。
神草さんの体には、畑に不足するミネラルがたっぷり蓄えられているわけだが、それを分解して土にするために、神虫さん、神菌さんが活躍していることは、聡明な読者の方ならお気づきだろう。

しかーし、彼らの働きはそれだけではないのだ!

◆神虫さんの働き
ナナナんと、神虫さんは、野菜にたまった毒素を食べて、人間の口に入らないようにしてくれているというのだっ!
簡単に説明すると(難しいんだけどね)未熟な堆肥(ちょっと臭っちゃうようなやつ)などを使って栽培した野菜には、亜硝酸という毒素が含まれるんだってー。
神虫さん達は、臭いに引きつけられてやってきて卵を産み、毒を含んだ野菜を食べてくれるらしいのだ。
「虫食い野菜は無農薬の印」と思っている人が多いかもしれないけど、そうじゃないらしい。いっぱい虫が食った野菜は、かなり毒が入っていると思ったほうがいいかも。
ちょっと話はダッフンするけど、亜硝酸=苦味らしい。子供が野菜が苦いっていうのは、毒の味を感じているんだと思う。毒を含まない赤峰農園の野菜は、野菜ギライの子も食べられるらしい。
家のピー子たちが買ったチンゲン菜を食べないのも、苦味があるからかも。

◆神菌さんの働き
菌っていうのは、必要なところに自然発生するもの。納豆が作るために納豆菌が、おいしいお漬物を作るために乳酸菌が存在してる。いろんな菌が人の役にたってるよね。
だけど、野菜の葉が枯れると「ばい菌がついた」と言って殺菌する。でも、それが間違いだったことに赤峰さんは気がついた。
枯れてしまったピーマンの葉を片付けているとき、無意識に手が動いてピーマンの根元の土を掘っていて、見たら根っこが死んでいたんだって。
そして、
 ×葉に菌がついて病気になって枯れた
 ○根っこが死んで葉が死んだから菌がついた
ってことに気がついた。つまり、菌がついて病気になるんじゃなくて、根っこが死んで葉も死んだから、死んだ細胞を食べるために菌がついただけ、ということ。死んだ野菜は菌に食べてもらうことで、土に帰ることができる。これまた循環よね。

ざっくり書いたから、これだけじゃ訳がわからないかもしれないけど、とにかく!畑の循環の中には、草も虫も菌も必要不可欠ってこと。どれが欠けても、うまく行かなくなる。みんなを大事にして、良い循環を維持することで、健康で安全な作物がぐんぐん育つのだ。

それなのに、あぁそれなのに、それなのに、これまでの農業では雑草と呼んで草を退治し、害虫、ばい菌と呼んで薬をまいて殺してきた。
長い間、薬をまいてしまった畑では、草を土にまぜてもぜんぜん分解しないらしい。だからどんどん化学肥料をまかないと作物は育たないし、不健康な作物しかできないから菌や虫がつく、だから農薬をまいて、、という悪循環になってしまう。できる作物は亜硝酸だけじゃなくてダイオキシンを含んでるものもあるらしい。それを食べた人がどうなるか、、、想像できるよね。

とはいえ、草や虫を取らず、菌を殺さずにどうやって野菜を作るの?という疑問が浮かぶと思うけど、それは「循環農法」の本に詳しく書いてある。

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赤峰勝人著 なずなワールド発行/B5版サイズ、約200ページ、定価(1,500円+税)

なずなワールドから直接買わないと入手できない本だけど、興味がある人は是非買って欲しい。

なずなグループのホームページ
nazuna group のページ中の (株)なずなワールド のリンクから注文できます。

なーんてえらそうなことを書いたけど、えみぃ自身、まだ赤峰さんの畑を見てないし、野菜の味も知らないから、理屈ではわかった気がしてて、循環農法のまねごとはしているけど、まだまだだ。
だけど、赤峰さんの作ったニンジンを食べられそうなのだっ!チャーンス。
赤峰さんのニンジンを食べたら、世の中が変わるぐらいのショックを受けるかもーと楽しみにしている今日この頃なのだ。
詳細はまた今度。
プロフィール

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